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渋谷の雑踏・街のイライラ
先日渋谷の副都心線駅構内で
男性が見知らぬ男に因縁をつけられ
いきなり刃物で刺された事件。

昔はよく出没した街だったし
今でもたまに行く時には副都心線を利用するので
ちょっとドッキリ。

護身用にと刃渡り30センチほどもあるサバイバルナイフを
持って歩いていること自体がまったく普通ではないので
その「男」の異常性というのがまずあるでしょうが、
それを置いといても
こういう事件があると囁かれる「街のイライラ」みたいなものを
やはり私も考えずにはいられませんでした。

事件の翌日、たまたま用事ができて渋谷へ。
副都心線を降りて地上へのぼっていくエスカレーター、
乗り継ぐたびに、もしかしてこの場所あたりだったのかなあと・・・

それから渋谷駅のつぎはぎだらけで延びた通路を
ひたすら西側(東急プラザ方向)へ向かいました。


渋谷を移動するにはかなりエネルギーが必要。
池袋は新宿より大変、と思っているのだけど
もしかしたらその池袋よりも、ではないかな。

一定距離を移動する間に出くわす人の数と
出くわす人の移動方向の複雑さ。

つまり
いきなりあちこちからどんどん人が湧いてくる
ように感じる。

なのであちこちで人がぶつかりそうになっている。
けれども実際にぶつかるまでには至らない。
なぜなら
ぶつかる直前にかろうじて減速したり方向転換して
なんとか避けているからだけど、
そのことでいちいちストレスが増す。

ハチ公前のあのスクランブル交差点。
ハンズになかなかたどりつけなかったあの感じ。
井の頭線に乗ろうかと一瞬考えても移動労力を考えてあきらめる。


足が元気になる前の私は
満員電車にゆられたり
混雑をすりぬけるのがとても苦手でした。

足がうまく使えないと
バランスとったり方向転換したりするのに
身体中ガチガチになってしまうのです。

もちろんそんな状態だと気持ちにもよゆうがなくて
しかも身体コントロールも効かないので
よろけやすく、ぶつかりやすく、
へとへとで、イライラしていたと思います。

そして元気になった今歩いてみても
やっぱりここは歩きにくい街だったんだなあ、と思った次第。

人口と車の増加にうまく対応しきれなかった
つぎはぎ拡張の結果という面もあるんじゃないかな〜。




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# by dayathefrog | 2012-05-26 00:53 | からだ・あたま・こころ | Comments(4)
ぼくの好きな先生
昨夜だったか、
忌野清志朗の描いた絵がテーマの
テレビ番組を観ました。

ずいぶん前に放映されたのの
再放送だったようです。

私よりひと世代年上で
学生だったころには大ブレイク中。

他校の学園祭のオールナイトに来るというので
行った覚えがあるけど
学内大混雑のうえになんでか結局観ることはできず
どうやって帰ったのかも覚えていないけど
とにかく観られなかった、という記憶が。

私はとくに清志朗のファンだったわけではないけど
そのころバイトしていた喫茶店で
マスターがよくかけていた曲のなかに
「ぼくの好きな先生」も入っていたので
それで存在を知りました。

ほかのどの先生とも違う
自分をだまってあたたかく受け入れてくれる
大好きな美術の先生。

というようなことが
ほのぼのしたメロディーにのって伝わってきて
私自身にもちょっと覚えのある感覚だなと
すごく気になる曲でした。

キヨシ(本名)青年が見つけた居場所。

ちょっと治外法権的な美術室の空気。
ちょっと治外法権的な絵を描く時間。

それも美術部という枠のなかではなく
ひとりで出没、というところがいい。

キヨシ君は美術が得意科目なのに
単位取得にギリギリの出席状況だったため
その救済策として自画像を提出するよう
「ぼくの好きな先生」から言われたことで
せっせと黙々と油絵を描きに通ったんだそうです。

その自画像の顔には目鼻がありません。

それはなぜか?
という話が番組でも少し出ていて
専門家の方からそれなりの解釈をされていました。

私はそののっぺらぼうの理由が
絵を見たとたんにわかる気がしましたが
その専門家の方の見解とはちょっと違いました。

としてもまあ
どちらが正解かという問題でもないからね。

絵は
描く人が夢中で(たぶん自分に)向き合った結果だけど
観る人はそれぞれ観る人なりに
その絵と向き合えばいいんだと思います。

同様に、曲もだな。と。

ちなみに
私がバイトをしていた喫茶店は
いまだに当時と同じ佇まいで営業しています。

あそこも美術室のような場所だったなと
今になって気がつきました。






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# by dayathefrog | 2012-05-02 14:44 | 映画・本・音楽etc. | Comments(11)
修理しながら長く使う
その昔、スウォッチという
お手軽価格なのにオシャレな時計が出てきて
わっと飛びついていくつか買った。

デザインも価格も魅力的だったのに加えて
私はどうやら金属アレルギーがあったようで
金属の時計はつけられなくなっていたので
ちょうどよかった。

そしてしばらく使っていたら、動かなくなった。
はあ、電池切れか。とゴミ箱に入れそうになったところを
たまたま友人に見られ、びっくりされた。

電池交換すればいいんじゃないの!
捨てるなんて!

そう、今思えばほんとに
なんてことするの。って…

どっちかというと
そんなに何でも捨てるほうではないんだけど
たぶん、安い時計だから使い捨てだなと
思っちゃっていたのだと思う。

・・・

そんな私が現在靴屋にて
すり減ってしまった靴底や
カカトの修理ができないと思い込んで
捨てようとする人が意外に多いことに驚いている。

なんせスウォッチの前科があるから
そう思ってしまう気持ちはよーくわかる。

ただし健康靴はそうそう安いものではないこともあるから
ぜひともできるだけ修理し続けて
長く履いていただきたいと思う。

・・・

そういえば私が子どもだった頃は
セーターやズボンに「つぎあて」があってあたりまえだった。
靴下に開いた穴は母がつくろってくれた。

カバンや靴に穴が開いていたりしても
それほど目立たなかったような気が。

今は、東京の街で
穴の開いたカバンを持っていると
「あ、穴が開いてる」と気づかれる。

・・・

断捨離ブームもあるけれど
いろんなモノを捨てる決断が
かんたんになっているのかも。

ていうか
買うことがかんたんになったので
その分モノがあふれてしまって
溺れてしまうから捨てたい、ってのが実態なのかな。

買うことがかんたんなのは
お金持ちになったとか安くなったということよりも
売られているモノが多いというのが
いちばんの理由のような。

とにかく
ボールペンひとつ選ぶのが
すんごくたいへん。

そして私としては
だんだん体力温存したくなっている今
選ぶエネルギーも節約したくなっている。

・・・

モノがありすぎて
正しい選択をするエネルギーがそがれやすいのは
靴選びでもいえること。

実際に自分の足に合った靴は
ほんの一握りだったりするのだけど
世の靴売場にはすんごくたくさんの靴が並んでいる。

ほんとうはボールペンなんかよりも
身体に関わる重要なアイテムなのだから
それこそエネルギーを注がなくてはならない。

話それましたが

せっかく足に合わせて選んだ靴は
修理し続けて長く履きましょう。



# by dayathefrog | 2012-04-24 01:13 | | Comments(0)
<プチ講習>靴の履き方、ヒモのしめ方

靴は、履き方次第でその実力を
発揮できたりしそこなったりします。
正しく履くことはとても大事。


・・・・・・・・・・・・・


いい靴、いいインソールを手に入れても、履き方が違ってしまうと、良さが半減してしまうどころか、どこかが痛くなったりというトラブルも招くことがあります。とくに、もともと足がらみのトラブルを抱えている方は、なおさら。

健康靴専門の靴屋で靴を売るときも、その時間の約半分は、履き方の説明・実演にあてています。最初のフィッティングのときには私が履かせてさしあげますが、買う靴が決まったら、ご自分でも履いてみていただきます。

健康靴はほとんどがヒモやベルトで甲部分の調節ができるもの。その締め具合によって、履き心地が大きく変わるのです。最初の足の入れ方も大事です。踵が靴のうしろにピッタリおさまって、前にずれていかないように。

踵に寄せるといってもどれくらい寄せるのか、ヒモをしめるのはどこをどれくらい?とか、細かいコツがいろいろあります。こういうことは、注意書きだけお渡しして、書いてあるとおりにやってくださいねーなんていうことではなかなか伝わりません。

お客さんが靴屋に履いていらした靴の「どうしてもここが痛くなるのよねー」とおっしゃるものを、履き方を変えただけで「あれ?大丈夫になっちゃった」ということもしょっちゅう。なら今買わなくてもいいか、ということになっちゃうこともありますが、それはそれで(お客さんにとっては)いいことなので…(^_^)v

・・・・・・・・・・・・・


というわけで、いつもインソールでお世話になっているアスケル東京さんでこの度「靴の正しい履き方・ヒモの正しい結び方」のプチ講習をさせていただきました。

(追記・ヒモの「結び方」というよりも正確には「しめ方」!)

アスケル東京さんでは月に一度 ”缶ビール研修会" というのを開催していらっしゃるのです。缶ビール研修会というその名のとおり、勉強会というよりどちらかというと飲み会?という感がなきにしもあらず(笑)ですが、ガチガチになって勉強するより、飲んで笑ってリラックスした状態のほうが身につくってこともありますからね、という主旨。

一部の方々は熱心にメモをとりながら、あるいはお手持ちのシューズで実際にヒモをしめたりほどいたり。ヒモの通し方によって締まり度合いが変わるということには、みなさん驚かれていました(^o^)

・・・・・・・・・・・・・

実力のある靴が必要な方とそれほどでもない方がいらっしゃるように、
靴の履き方によって影響を受けやすい方とそうでもない方もいらっしゃいます。
ただ、正しい履き方をしたほうが
身体は疲れないことはたしかです(^_^)v


・・・・・・・・・・・・・

アスケル東京さんがFacebookに動画を載せてくださっています。
ご覧になれる方は、ぜひ。
正しい靴紐の結び方
(じつは私はソフトの関係でまだ観られておりません…)






# by dayathefrog | 2012-04-14 23:18 | Comments(0)
かんたんな掃除はたのしい、なこの頃

クイックル改訂版
使ってみたらかなり良くなっていて
ちいさい感動中。


料理もそうだけど、持ち物にしろ、人間関係にしろ
かんたんほどいいものはない、がじわじわ加速中。

前からさほど複雑ではなかったと思うけれど
以前はもう少し "色々" をこなせる自分であらねばな、ありたいな、と
思っていたんじゃないかと思う。

・・・

昨日の大荒れな天候のなか
ベランダの色々を片づけたりしばりつけたりをしていたら
ついでに部屋のなかも、気づいたら大掃除なみになっていた。

一昨日が今日みたいな大晴天だったので
なんとなく大物の天日干しとか洗濯とかを始めたら
これも大掃除みたくなっていた。

そして今日もまた。
すんごくいい気持ち。

・・・

でも、こういうことが、定期的にはできない。

やるとなったら色々やるんだけれど、
じゃあ月に一度はこれくらいをしよう、とかいうことになると
すぐに重荷に感じるようなところがある。

月に一度なんて決めるくらいなら、
いっそ毎日にでもしたほうがまだ気が楽のような。

でも毎日やることとなると、すごくかんたんな作業でないと
続けられないっていうかやる気になれない。

けっきょく、できるだけ負担を感じずにできる方法をさぐる。

・・・

ヨワヨワな足ゆえにつかれやすい身体だったせいもあるんだろうか、
何をやるにも「どんだけ身体がつかれないでできそうか」ばかり。

そして私よりもどんどん家事作業が
たいへんになってきている母の姿を思い浮かべたりもする。

とくに掃除とか料理とか、いわゆる家事といわれる作業に使うモノは
ネット検索は当然のことだけれど
実際に売場の現物の前で、手にとって使うふうにしてみて、と
何時間でもやってられる勢いで検討する。

でも体力ないので、短い時間を小分けにして
けっこう長期間かけて、出かけたついでのときに
ものすごく何度も何度も売場に出没する。

というくらいに考えて購入したりしているので
家事作業に使っているエネルギーはかなり省略(?)できていると思う。

・・・

いちばん最近購入したもので少し気に入っているのは
クイックルの改訂版。

クイックルならもう持ってる、という人だらけだと思うけど
ここんとこがこうなってるといいのに、と思う人も
いっぱいいたであろうところがうまいこと改善されたのが出ていて、
値段もまあお手頃だし、
一家に何本あっても邪魔になるようなものではないから
みなさんもいかが?・・・

なんてことを言いたいわけではないけど(笑)わざわざここに書いたのは
こんなちっちゃいものでもバージョンアップを実感できて
久々に「へえ!」と思ったもので。

今までよりだいぶ力を要さずに、仕事効率がよくなってた。

これって、ちょっとすごいことだと思った。
今までよりオシャレになったとか安くなったとかいうんじゃなく、
単に「もう1本買わせよう」ではなかったことが。

日々、こういうことをやっているひと(企画とか)の熱意とかを
ちらっと感じながら、
今日もらくらく掃除のわたくしでした。





# by dayathefrog | 2012-04-04 17:57 | からだ・あたま・こころ | Comments(2)
かんたんな食事はおいしい、なこの頃
昔から、わりと食い意地のはったほうだったと思う。
でも食べるわりに太らないと言われてきた。

太らないのではなくて、なぜか太れない。
食べ過ぎるとお腹をこわす。
ようするに、胃腸が丈夫でなくて消化吸収能力が低いってことだ。

見た目が比較的ヤセ型だから、とか
太極拳のようなことを続けているから、とかで
肉を食べなさそう、マクロビみたいなのやってるんでしょ、と
イメージされることがちょくちょく。

でも、いえいえ、とんでもない。
肉、好き。とんかつ好き。
丼めし大好き、吉野家もしょっちゅう。


ところで最近
テレビで紹介されていた「野菜のかさね煮」というのに
ちょっとはまっている。


キノコ類、果菜類、葉物類、いも類、根菜類(タマネギ、ニンジンなど)を
下からこの順番に重ねて鍋にいれ、
一番下とニンジンの上にほんの少しの塩をふる以外は
ほかに水も何も入れず、フタをしてトロ火で30分。
野菜から出る水分だけで「煮る」。



この「かさね」の層の順番には意味があるそうで
なぜだかこうすると、すべての野菜がお互いの味を引き出しあって
みんなが美味しくなる、ということなのだ。

で、テレビでそれを食べたアナウンサーが
なんだかうまく言葉で表せないけどおいしい!!!という風情で、
喋るプロの人がうまく言葉にできない、というところが
とてもリアルに迫ってきた。

ので、さっそくやってみたわけだが、
わー、ほんとだ。

うまい!

というわけで、以来、だばっと作って数日かけて食べ、
切れるとまた作る。
というのの繰り返しになった。

コレがあると、ただ肉を焼いたりしたのをコレにのっけただけで
けっこうゴージャスになる。

野菜と塩だけなので、和風にも洋風にも中華風にもあう。

だからって、コレにわざわざ和風な「味」をつけなくても
コレ自体はもう十分野菜の味で満ちているのだ。

不思議。



ネットで調べてみると、けっこうサイトがあるようです。
アレンジレシピもいろいろ。
かさねの順番についても説明が。
ふむふむ。
え?マクロビ?陰陽?・・・
忙しい人こそ! 野菜たっぷり「重ね煮」の魅力(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュースnt>





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# by dayathefrog | 2012-03-29 08:20 | からだ・あたま・こころ | Comments(2)
身体の地図探検・リビングインアボディ
ちょっと日が経ってしまいましたが1月から2月にかけて、「リビング・イン・ア・ボディ」(Living in a Body 自然に動くためのオーナーズガイド・以下LIAB)のレベル1コースに参加しました。


以前から縁のあったアレクサンダーテクニック(以下AT)にとても近いけれどもちょっと違ったボディマッピングという観点で、身体のしくみと使い方を根本から見なおす内容です。

骨格や部位の名称・機能などをちゃんと覚えるというのではなく、自分や他の参加メンバーの "身体の地図" を、見た目と同時に体感でも確認しながら "現地" 周辺をぷらぷら歩いてみる。ふつうの解剖学ではたぶん時間切れとかで飛ばされてしまいそうな、面白い路地探索。そのかわり、地図上の地名とか緻密な決まりとかは、ここでは飛ばす(と表現していいかどうかわかりませんが・笑)

身体に関わる仕事をしている場合など、クライアントに身体のしくみや動かし方を感覚的に掴んでもらうために、まず自分がそれを感覚的に掴むような感じです。スタジオや靴屋でのセッション(靴屋での接客もある意味「セッション」なんだと最近気づいた)で活かすことのできる内容だと思い、LIAB(レベル1)を受講しました。


illustration:(c)Living In A Body

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身体への意識

自分の身体への意識と、人の身体への意識。
見た目で確認する意識と、見えない(内部のようすとかつながりとかの)意識。

身体への意識はすなわち自分自身への感情とか "評価" とかが意外に深く関わっていたりする。というようなことまでをLIABでやるわけではないけれど、"身体の地図" 探検をすすめるうちに、うっすらとそのあたりの姿が見え隠れしました。

普段足を中心にクライアントに接していますが、足は全身の一部であるという観点をときどき置き去りにしてしまうことがあって、とりあえず勉強はしてあるはずなのになあ…ということを受講中に幾度となく思い出し、そういう勉強はあまり自分のなかにしみ込んでいなかったのかな、と思いました。

以前は半日×2日間でやっていたというこのコースが、今回は1週から2週ごとに5日間(初日から最終日までが2か月にわたる)になり、この時間が、飲み込みののろさに拍車がかかっている私に「しっかりしみ込ませる」にはちょうど良かったのかもしれません。これからさらに時間がたつうち、もっとじんわりとしみ込んでいくのではないかという予感もあります。

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そして、アレクサンダーテクニック

今回のLIABのインストラクター・サキコさんとヨウコさんはお二人ともATの教師でもあり、コースの最終日は続けてAT教師のトレーニングコースをなさるということで、こちらにも参加させていただけることに。

そもそも私が自分の外反母趾をちゃんと(前向きな気持ちで)ケアしていこうと思うことになったきっかけがAT。以後ずっとではなかったけれど、機会あるごとにレッスンを受けたりワークショップに参加していたりで、今回もモニター参加大歓迎!とのこと、ラッキーにもトレーニーの方々にワークをたくさんやっていただけました。

ATの教師になろうとしている方々のためのクラスなので、ワークの練習の合間には、教師として生徒(クライアント?)にどう向き合うか、というような内容の話もありました。

そういえば私は、以前ATのセッションを定期的に受けていたころにはまだ身体(足)関係でクライアントに接する仕事にはついていなかったので、いま受けることでまた新しい発見や学ぶべきことが多くあると思いました。

たとえば、自分で自分の身体と向き合うことを練習する、というようなことを相手にも理解してもらうには、自分とは「身体との対話」のしかた(言語とか)が違うかもしれない。そんなことを最初から念頭においておくと、セッションの初めからの(実際の)会話のしかたも変わってくることになります。

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まだまだ、ほんとにいろんな方面でまだまだ、な感があふれる今日このごろですが、こうやってちょっとずつ「知ってよかった」「わかってよかった」が増えてくることが嬉しいです。

毎回私のほか5人の参加メンバーとの "地図探検" が楽しく、またヨウコさんやサキコさんの出で立ち(サボタイプのとか五本ユビの靴を含む)が色々と興味深くて、あっという間に5回が終わってしまいました。

途中インフルエンザに倒れたのがちょうど講習のない週だったのが、まるでちゃんと設定されていたかのようで不思議です。


ちなみにこのLIABを受講するきっかけは、去年まで通ったてあて整体スクールの師匠がこのAT教師トレーニングクラスのメンバーでもあるからです。師匠自身もずっとダンスやATなど身体関係の勉強を続けていらして、スクール生にも整体だけでなく「勉強のタネ」をどんどん紹介してくださいます。いいスクールです。明日、久々に行ってきます:-)


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# by dayathefrog | 2012-03-10 21:09 | からだ・あたま・こころ | Comments(0)
緊張とのつきあいかた・2012
明日は年に一度参加している太極拳交流会があります。「見られている」とわかっているなかで表演するということで、緊張とのつきあいかたの練習をするようになり、はや数年。


今回は2週間前にインフルエンザに倒れてしまったこともあり、出来映えがどうのよりも、参加できるようになっただけで「よかった〜」と(すでに)満足しております。なので、というわけでもないけれど、本番の前に書いてしまおうかなと。

熱が出始めたとき「高熱は1〜2日で下がるけれども5日くらいは安静に」と言われていたので、5日で治れば次の週末の練習から復帰して、なんとか大丈夫だよね、と自分なりに心づもりをしていたのですが・・・私の熱は4日めくらいまでしつこく続いていました。

熱がひいてからの体力低下を実感するなか、週末の練習参加もとてもムリそうだし、それどころか「今年は交流会参加もできないかもしれない」と、だんだん希望がしぼまって・・・。


それで、"ムダな欲" がそぎ落とされたみたいです。

一時は10分くらい台所に立っているだけでクラクラ。こんなんじゃ、いくら養生太極拳といったってやっぱりなあ。これはもう日常のリハビリモードに徹して、今年の「おまつり」はナシだね、と。

悲惨なガマンでも悔し涙でもない、いたって力の抜けた「ま、いっか」になれたところで、そうなるとだんだん食い意地も戻り、いきおい台所に立ち続けられる時間も長くなっていきました。

そういえば、以前ひんぱんにひどい腰痛になっていたころ。寝返りをうつのも重労働、何度も経験している痛みながら、毎度のように「もう一生歩けなくなるんじゃなかろうか」というような気持ちになっていました。でも必ず何日か経つと、すこーしずつ、昨日よりはまだまし、一昨日よりはちょっと動ける、というように快復していくことが、ただそれだけで嬉しかった。

どんなに参っていても、かすかに「食べたい」という気持ちが浮かんできたり、知らずに眠っていて目が覚めると、さっきまでより動ける気がしたり。

快復力って、あるんだね。
強い弱いの差はあれど。

けして元気満々とはいえない状態でも、今年もとりあえず参加できるなんて、すばらしいことじゃないですか。よかったよかった。


というわけで、タイトルと全然関係ない方向になっちゃいましたが、つまり、もうあんまり緊張とのつきあいかたにアレコレ対策準備する必要がなくなってきたということでもあります。これはインフル経験とは関係なく。




# by dayathefrog | 2012-02-18 17:42 | 太極導引・中国武術 | Comments(0)
靴の実力
この冬あまりに寒くて、この私がブーツを履き始めました。勤務先の健康靴屋のセール価格も底値になったところで「やっぱり寒いし!」と買ったもの。いくら安くなったからといっても、この私が選ぶものはやはり履きやすく、足にいいもの。・・・の、はずなのですが。

しばらく履いてみての使用感をこのあたりで報告してみます。



ぶっちゃけた話、やはりブーツはブーツかなあ。というのが本音です。

頻繁に履くようになって少ししてから、徐々に股関節内のひっかかりが強くなってきてしまいました。ちょうど胃腸の調子もわるくなり、風邪などの影響もあったようですが、どうもヘンといえばヘン。

ブーツはデザインの性質上、どうしても甲周りの押さえが甘くなります。すなわち、甲周りの薄い足は前に前に突っ込んでいきがちに。カックンボッシー(ハッキリ脱臼している外反母趾)の場合、足が靴の前に突っ込むというのは「あってはならない事態」の1つです。

前に突っ込む
→ユビへの負担、足のアーチの崩れを促進(ボッシーにもよくない)
→靴のなかで踵が不安定になる(軸がブレやすくなる)
→脚から腰までの負担が増え、膝痛や腰痛、股関節痛などを誘発




今回のブーツは甲周りをきっちり押さえるヒモなどはないものの、そういうデザインの割りにはかなりピッタリくる "細さ" がありました。もちろん、オリジナルのインソールに入れ替えることもでき、店の中で数時間ものあいだ履いてみて(スタッフの役得)、それでも大丈夫だったので決めました。

足や靴の勉強を始めてからもう5〜6年、健康靴専門店で販売をするようになってからは丸4年。それまでにももう10年以上、自分の身体をとおしてボッシー対策をさんざん研究してきた自分なのだから、そうそう見誤ることもないはず。

そんな思いと、今年のあまりの寒さと、多少の安さに惹かれたことと、かつ、もう長年ブーツをあきらめていたので、ここらでこれくらいのものだったら、もういいでしょ?みたいな気持ちもあったかな、と反省です。



とはいえ世間的水準からみたらかなり「足によい靴」の部類に入るブーツではありますが、私的水準、すなわち、1〜2時間歩き続けたとしても疲れないのはもちろん、足に違和感が出ないレベルであるかどうかを考えると、やはりイマイチ。

そう、それは最初からわかってのことだったのです。
当店比の「健康度」を表す星は1つ(最高5つ)だし。

でもやっぱりついつい、できれば気に入ったデザインのもので、たくさん歩きたくなってしまう・・・つまり、靴の実力を見誤ったわけではないのですが、その実力以上の力を期待してしまい、実力以上の使い方をしてしまったということですね。


★どうしてもコレを履いて行きたい!と思う場に限るようにする。
★思い切りたくさん歩く時には避ける。


まさに、いつもお客さんに言っているようなことです。




でもね。

そうは見えないのに防水仕様だから雪の時にも大丈夫だし、見た目もなかなかキュートで、いい子なのよってば、、、、(はいはい、そうですか)

# by dayathefrog | 2012-02-03 08:10 | | Comments(0)
絵を描くこと

昨年を振り返るのはやめにして、もう今年を生きることにしました。
なんのことやら、ですが
今年一年を振り返るとか、今年の目標はとか。
そういうのをもうあまり真剣に語らなくてもいいか、と。

というのは、
なんだかあっという間にもう月半ばになってしまったからなんですが・・・


そういえば小学校の頃などに「目標」をちょくちょく書いていたような。

「●●をがんばる」(●●=漢字テストとか体育とか)
「早寝早起き」(あ・・・今もできていない)

なんだかどう考えても自主的に考えて書いていたとは思えないんだけど
それを言ったら書き初めとか作文とか、
つくづく「自分の声」をそのまま出していたかどうかが疑問。

そういう体制だったということもあるのかもしれないし、
私がそういう性格の子どもだったんでもあるでしょう。

そういう子ども時代に
私がほんとうに自分で感じたことを
感じたままに出してもいいんだと安心できたのは、
小学校4年の時に転任してきた美術の先生から
「人物クロッキーの描き方」を教わったときだったような気がします。



4Bくらいの太くて濃い鉛筆でぐいーっとぐいーっと見えたままに描きなさい。
頭でっかちになっても、手が短くなっても、くちびるオバケになっても構わない。
あ、やっぱり違ったなあと思っても、消しゴムで消さないでいい。
見えたように描いた線で紙がいっぱいになっちゃっていい。

そう "許可" されてぐいーぐいー描いていると、まあ、これが楽しくて。
どんどん描くことが(それまでも楽しかったけれどそれ以上に)面白くなったのでした。

すると、それまではいちいち「ヘンな絵を描いちゃいけない」と
思っていたことが浮き彫りになってきました。

そしてそのヘンっていうのがどういうのだったかというと
「こんな姿に描いたらあの子(モデル)に悪い」とか
「鼻の穴を描く」ことだったり
現実にはいろいろある「服のシワ」とかにやたら気を取られることだったり。



つまり、現実に見えているように描くと、
どこか見る人に「うわっ…」と思わせてしまうようなポイントが
いろいろ記録されているということだったらしい。

実はその「うわっ」がすなわちインパクトというもので面白さともいえるし
それが<真実>だったりするのだけど、子どもながらに私は
「そこまでつっこんで描いてしまってはいけない」と思っていたらしい。

たぶんそれは、それまでにも何度も "ほんとうのこと" を言うと
「あら、やだわこの子ったら」
などと言われ続けてきた結果だったとも言えます。

ある時友達からも
「ほんとうのこと」を言い過ぎる
と言われてがーーーーんとショックを受けたことも(苦笑)。

なんとなく周囲の反応から
真実(=私が見たまま思ったまま)を語るのはいけないことなんだ
と、思ってしまってたんでしょう。



ようするに私は「空気の読めない子ども」だったってことなのかもしれません。
気づいたって言うもんじゃないのよ、そーゆーことは。ってことに気づけなかった。
(まあ、今でも読めてないような気もします…)

あるいは「気づきすぎてしまう子ども」だったという部分もあったのかも。
心の機微というよりは、おもにビジュアル方面の観察で。

気づいてしまったことをただポンポンしゃべってしまうと
なぜか嫌がられたり怒られたりすることに戸惑ううちに
気づいても言わないようにしよう。と
思ってはいても言ってしまっていたかもですが(苦笑)、
そう思っただけでも、ちょっと苦しかったんじゃないかと想像できます。

しかし、絵で "それ" を言ってしまうんだったら
嫌がられるどころか面白がられるということがわかり、
「出していい場所」がみつかって救われたんだと思います。



昨年を振り返るのをやめて、
今年はどうこうしましょうという「目標」を語るのもなあ、と思ったところから
こんな大昔を振り返る話になってしまいました。

一応これを足靴身体関係に結びつけようと思えば
できないこともないので、長くなってますがもう少し。

つねづね思っているのですが
「自分のほんとうの声」にどれだけ耳を傾けているかが
身体とのつきあいかたにけっこうそのまま現れるんじゃないかと思います。

身体の声を聴くということもあるのですが、
外側から見てわかりやすい表現でいえば
「似合ってる」「似合ってない」というかんじ。
服に限らず、身なり全般、そして態度や身振りや言葉遣いなど。

「ムリしてる」「ムリしてない」
と言うこともできるかもしれません。





追伸

今年の目標、ありました。
ブログにもう少し「実際役に立つ情報」を
盛り込んでいく、いうことでした。
こんなとりとめのない話、ばかりでなく(^_^;)。。。





# by dayathefrog | 2012-01-15 23:11 | からだ・あたま・こころ | Comments(2)
今年を振り返る(2)は来年に繰り越して、ちょっと早いけど年賀状
宛名書きは順調すぎるほど順調に終了し、ソバを食べ、紅白中。

紅白歌合戦を特別好きでというわけでもないし
一時はほとんど観ていなかったのですが
どういうわけか年々なんの抵抗もなくなってきました。

年賀状は宛名を必ず手描きにしています。
そしてできるだけ何かひと言かそれ以上を書き添えているので
けっこう時間がかかります。

面倒と思ったことは全然なくて
むしろこのプロセスを楽しんでいます。

相手の顔を思い浮かべると自然に言葉が出てくるし
それをいくつも書いているうちにじつは自分のなかでも
自然に「来年はどうなりましょうか?」みたいなものが
徐々にクリアになってくるようなのです。

今年はとにかく「スタジオかえる」を始める。というのが
昨年の「どうなりましょう」だったのですが
来年はそれをさらに充実させてゆきたいと思っています。

少し早いんですが・・・
年賀状の画像をアップします。

今年も当ブログにお越しくださり
お読みくださってありがとうございました。

2012年もよろしくお願い申し上げます!





・・・とここまで書いて
年賀状がまだ終了していなかったことに気付いた\(◎o◎)/!





# by dayathefrog | 2011-12-31 22:23 | 近況・ひとこと・etc. | Comments(4)
年賀状の宛名書きの合間に今年をふり返る(1)
そもそも加齢とともに(っていう言い方もアレですが)
時間がたつのが速く感じるようになりますけれども
とくに今年は大震災という出来事があったためか、短かった印象。

こういった天変地異とか身近な人の死などに遭遇すると
はっきりと言葉にすることはなくても
「いのち」というものについてどうしても考えます。



私も、まわりのみんなも、いずれは死ぬ。

そういえば、私はちゃんと生きているだろうか。

私と私をとりまくこの環境(人とか地球とか)に対して
ムリなことしすぎてないだろうか。

今の私のいのちにもったいないことしてないだろうか。
まわりに失礼なことをしていないだろうか。

明日、いやもしかしたらあと2時間後に死ぬとしたら
悔いがのこらないだろうか。


まあ、言い出したらどんどん漠然と
あるいはどんどん細かく、独断的にもなりそうだけど
とにかく、いつものように
MUJIのあれをやっぱ買おうかどうしようか迷ったりしてる間に
もうちょっとほかにやったらいいこと、あるよねーと。

くだらないレベルの話ですいません・汗
もっとも長年MUJIラーである私にとってはこれも十分大切で
日々の呼吸のようなものなんです。



まじめな話、
私は自分の身体が「芯からストライキ」を起こした15年ほど前に
ある決意を固めたのですが
これも私個人にとっての大災害のようなものだったかなと思います。

思うことがつれづれ、ずるずる、出てきそうなので
今回はここまでに。

年賀状書きに戻りますので続きはまた。。。
(年内にできるんかい???)




# by dayathefrog | 2011-12-28 23:31 | 近況・ひとこと・etc. | Comments(0)
あまりに合う靴がないとお嘆きのあなた
まずは自分の足に合った「形」で選ぶべき。
顔立ちの好みよりもまず骨格です。


私に合う靴がほんっっっとにないの。
靴選びにはすんごく苦労しつづけてきたの。
・・・とおっしゃる方がよくいらっしゃいます。

そういう場合は確かに、足がとても細いとか薄いとか
条件的に合う靴がとても少ない足でいらっしゃることが多いです。

ですが、それにも増してほとんどの方に共通しているのは
「足に合わない靴は選ばない」
ということを徹底していらっしゃらないということ。




つまり、多少合ってない靴でも「あ、履けるからいっか。可愛いし。」
というような靴の買い方をすることが、やっぱりあるんですね。

あ、これなら痛くないからだいじょぶよね。
当たらない、どこも当たらない!などなど。
どうしても自分の気分に都合のいいように考えたくなります。



まず履きたいと思った靴を選び、履いてみる。
最初は眼(デザイン)で選んで、次に身体に聞いてみるという順番です。
ほっといたらみんなそうすると思います。

そして実際に履いてみたら
「あれ、なんか爪先が苦しいじゃん?」とか
「見た目の印象よりガバガバだ」とか
「くるぶしが当たって痛いかも」とか。

靴の顔からの印象と実際に身につけてみた感覚がとても違う
ということが、よく起きます。





さらに、今さっと履いてみた瞬間なら大丈夫でも
街を歩いてしばらくしたらどうなるか?
だんだん足裏も疲れてアーチが崩れたくなってきたときにどうなるか?

足と靴のことをよくわかった店員さんなら
「顔」を選ぶ段階で先にそういうことを教えてくれたりします。



まずは自分の足に合った「形」があります。
顔立ちの好みよりもまず骨格、というかんじ。


だけどお店によっては(あるいは店員さんによっては)
教えてくれなかったり、知らない場合もあったりします。

なので、靴屋さんでコレを買ったけど痛いんだなコレが!という場合
「でもあの店員さんがコレでいいと言ったのにな」
という不満も出てくるようなことになり、そういう靴は
けっきょくほとんど履かなくなってしまいます。

そういうのがもったいないな、と思ったり
不満を通り越して
この靴で歩くと足とか腰まで痛くなることが多くて困る
ということがよくあるのなら・・・

ちゃんと自分の骨格(と、もっというと筋力など身体の状態)に
あった靴を選んでくれるスタッフのいるお店に行くことを
おすすめいたします。





自分の身体のことは自分がいちばん知ってるから相談しなくてもいい!
・・・と思うかもしれませんが
靴のことは、靴屋のほうが知っている!
・・・ということもお忘れ無く。

(ただし、人によるともいえるのが現状ですが(^_^;)・・・)



と、すっかり「靴のことをかなり知っている人」のツラで書いてますが
かくいう私もかつては「ほんっっとに合う靴がないの」な人で
「選んでもらったのに痛いんだなコレが(恨)」と言っていました。

その後あれこれ調べるうちに
「だったらちゃんと言ってくれればよかったのに」
なことがあまりに多く
そんなこんなで今の私があるというわけです。

それから・・・

やっぱり「私に合う靴」は物理的にどうしても少ないです。
そこんところはもう、体質のようなものと受け止めるしかありません。
これもひとつの生き方の知恵かと。

# by dayathefrog | 2011-12-19 19:55 | | Comments(0)
思い込みに気をつけよう・寒さ対策とサイズ選び
寒さ対策には「くび」と名のつくところをすべて守るといいそうです。
つまり、首、手首、足首。そしてウエストのクビレ(界隈)も。
ということでマフラーやらネックウォーマー、アームウォーマー、レッグウォーマー。
ウエストのクビレには腹巻き、それからスパッツやババシャツ。
私は今年もぬかりはありません。





ひところ一世を風靡した某ブランドの○ートテックは
“かゆがり”な私にとっては化繊ぐあいが気になりはじめ、
徐々に綿混率の高い他社製品にシフトしました。

いったいどんな製品が自分にいちばん快適か?と追及しだすと
できる(まかなえる)範囲でいろいろ試したがりなのは
文房具や画材でも同じ。


私の身体のサイズは超標準の<M>ですが、
どうも年々ストレッチ素材のきついものが苦手になってきて
今では<L>を多く選んでいます。

<M>でぴっちりしていると
何時間かするとなんとなく肩が凝ったり
ウエストが苦しくなってくるような気が。

ずっと「私は<M>の人」と思っていたけれど
ふと<L>を着るようになったらそれはそれで快適で、
ときには<LL>なんかを買うことも。

もともとの関節がヤワでズレを感じやすいからか、
それとも年齢による筋力の衰えのせいなのか。
そんな知識も手伝ってくれるようになったので
「ほんとはMなんだけど…」なんて迷いはますますナシ。


ときどき、靴を選んでいる方が
「え〜私、そんな大きなサイズ、履いたことない!」
と急に声を上げて拒絶モードになることがあります。
○○センチなんて、ありえない!とおっしゃるのです。

気持ちはわからないでもありません。
だけど大切なのはサイズ(記号や数字)じゃなくて
身体にとって快適かどうか、ですから。

などと正論をお話ししても、もう頭のなかは
「私が○○センチを履く女だなんて!」
との思いでぐるぐる…。

これを単にオロカなものよのう、などとはとても言えず。
そうでしょうねえ、そういうツボって誰にでもあるから…と
どこかでうなずく自分もいます。




それから
「まだ○月なのに、こんなに着込んじゃダメだよね」
というような考え方も、しないほうがいいと思うようになりました。

「まだ○月…」とつぶやきながら
風邪ひいて寝込んでしまったらつまらないですから。
「私は○○センチ」と思い込みながら
タコができたり巻き爪になったりするのとおんなじで。


結局、自分が快適かどうかということ。
身体との対話をちゃんとするということに
ゆきつくのですね。


# by dayathefrog | 2011-12-06 01:06 | 健康グッズ・服装ファッション | Comments(0)
コバケンの唸りとお願いの練習風景
たまたまテレビで観たクラシックの名指揮者コバケンさんの練習風景。
アキンドみたいとたけしに言われたその独得の世界に、思わずひきこまれた。


NHKで、たけしの出てくるアートの番組(アーチストを訪ねるっていうような)を観た。じつはこれを「絶対に観よう」ってほどではなかったのだけど、その前にやっていた「Amazing Voice」のゴスペル特集を堪能したままテレビつけっぱにしていたら始まったのだった。

タモリの街ブラ番組は毎度かなり楽しみなのにくらべ、たけしのこれについてはイマイチどうも。。。って私ごときが却下してもなんの意味もないんだけど、アートねえ、ふーん、これこそがげいじゅつねえ・・・というような、どこかナナメな気持ちになってしまうこともついありがちで。

と思っていたら、今日はなにかタダならぬ面白い予感。クラシック音楽指揮者のコバケンこと小林研一郎氏の登場だった。しかしべつに私はコバケンファンというわけでもない。それなのに、なんでか。



コバケンのオーケストラとの練習風景。まずえらく丁寧な挨拶から。そして音が始まると丁寧なストップ、そして丁寧で細かいお願いの数々。

ここのん゛〜〜〜〜〜〜っていうところはう゛〜〜〜〜〜〜ってぐお゛〜〜〜〜〜〜〜って感じでやっていただけると嬉しいです。あ、それから、これもう゛お゛っっっときてくださるといいですね。ぶわっっというよりはですね。

みたいなかんじ。

たけし曰く、指揮者ってのはもっと偉いかんじなのかと思っていたら、コバケンサンはすげー腰が低くてびっくり。馬鹿丁寧な口調だけど絶対にゆずらないアキンドみたい。

たしかに。そのアキンドっぽさ、靴屋にときどきお見えになる駅ビル内の漬物屋のご主人を思い出させられ、あー、あー、せやせや。

そのうち指揮の最中にも「お゛〜〜〜〜〜」「ん゛〜〜〜〜〜」「んはっ」「ぶはっ」とそれはもう、だんだんオケの音より大きくなってしまいそうな浪花節だか浪曲だかのような声を発するようになり、そしてまたストップしてから言葉となって出てくるのは丁重だが有無を言わさぬ "お願い" の連発。

私はこんなことがしたいんです、この曲の○○を表現できたらいいですね、みたいな理路整然さでは表しきれない、あふれ出る音楽への情熱。

ステキ(はあと)。

・・・という言葉も、絶妙なタイミングで浪花節サウンドの合間あいまに挟み込まれ、すごいアクセントになっていた。

ああ面白かった。







# by dayathefrog | 2011-11-10 00:23 | 映画・本・音楽etc. | Comments(6)


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